サナギから蝶へ孵化していく瞬間は誰もが孤独で。孤独に耐えられず選んだ刹那は。刹那という短い時間の快楽(?)しか与えてもらえない。事実は現実の総合体。
考えてみれば人が生まれてくる瞬間は誰もが孤独で。一生の最後を閉じる瞬間だって孤独であるはずなのに。「愛がほしい」と嘆いている時間は孤独感に押しつぶされそうになるのはなぜなんだろう?
笑顔でいてくれたらそれでよかったのに。その笑顔が今では痛いことに気づく瞬間だってある。表情は笑っているのに目力は笑ってなかったり。強かな表情をつい読み取ってしまったり。
ネガティブな笑顔を愛せない事実から学んだことは大きかったのかもしれない。
予定調和と距離を取り。事実を客観視してみれば。再度孤独と向き合うことになり。孤独を支えてくれるものの中心に存在している新たな自分を発見する。
孤独を支えてくれる仲間達の存在は限りない優しさとして。たくさんのものを与えてくれる。だから感謝できるようになる。助けてくれたことを一生忘れたくない。
嘆き。逃げ。畏れ。解決してくれない時間を恨む。
いくら繰り返しても「らせん」は変わらないのなら。何かを変えなきゃならないことに気づく。
それが「精神レベルを上げる世界」なのかもしれない。
そりゃー主体的に待つ世界は孤独さ。
忍耐だって必要になるし。辛抱して冬が越えて行くことを我慢しなければならないわけだし。目先にあるものをつかもうとしていたら。どれだけ辛抱や忍耐があったって耐えられないだろうね。
だから「徳を積む」習慣を作ろうと努力していくのさ。
もちろん人間だから。目先を追って失敗する時だってあるかもしれない。けれど失敗から学べば失敗じゃなくなるし。ある角度から見たら失敗なだけで。本当は失敗じゃないかもしれないのだから。
つまり現時点で判断することじゃないかもしれない、ってことなのね。
「孤独は人を大人として育てていく」
救いを目先の「相手をコントロールする」ことでしか満たせなければ。コドモでいられる場所を探すしかなくなる。
不平や不満といったネガティブの共有という形を借りて。いつしか同情に訴えかけなければ。どうしようもならない不安ばかりに陥る。
だから無限(∞)ループにハマってしまう。なぜなら孤独が育たないから。
逆に。孤独を孤独と受け取り。どうしようもないほどの孤独に押しつぶされそうになったことを。自分だけじゃないことを知れば。孤独が育ててくれる大切なものに気づき。
「自己主張」という意思を示す行為に。恥ずかしさを隠すことがなくなるのかもしれない。
「孤独と向き合い、精神レベルを上げていくことで出会える世界がある」
孤独だからこそ自分なりの方向を見つけ。できることやできないことに気づけるようになる。いわば自分に正直になれる瞬間と出会ったことがあるか否か。だと思う。
すると。いつか「こっちだよ」と道案内が来る。思ってもみない場所から。
・・自分にこだわり。聴く耳を持てなければその声が聞えない。
でも。精神レベルを上げていけば。必ず聴こえるようになる。
道を歩いている間は不安でしょうがないけれど、それでも精神レベルを上げることを止めずに歩き続けると・・・☆
会いたかった人と出会い。出会いが出会いを生んで。やがて大きな化学反応をもたらしてくれる。まるで嘘のように現実が「パァーッ☆」と強力な閃光でもって照らされるように。広がっていく。
でも閃光は一瞬なのだから。一層「精神レベルを上げる世界」を続けることになり。また不安になるのかもしれないね。
でも心配はいらない。なぜならそれだけのものと出会えてる・・ってことは。それ以上の出会いと触れる可能性があるってことにならない?
「そんなこといったって・・」と言って途中でやめてしまう人はいくらでもいる。目の前にあるものが何なのか。その本質に気づけずに。投げやりな態度で向き合ってしまう人もいるのだから。
「自分は常に正しいわけじゃない。」
「だから人を許せるようになる。」
欲しかった「流れ」に乗れるだけの自分を作る行為。それが精神レベルを上げる世界なのだとしたら。決して途中で投げ出したりできなくなる。
もし途中でくじけそうになったら。感謝が足りなかったのかな?って。そんな風に思える自分のことを誇りに思ってみてください。
だから周りの人達から優しく映っていくのだから。
「精神レベルを上げた先に待っている世界」(☆)
いわずもがな。それはやったものしかわからない世界なのですから。
「B.BUTTERFLY」・・それは蒼い蝶。サナギから蝶となって羽ばたいていくまでの過程にあるものは。どれも必要不可欠であったことに気づければ・・・
大空に羽ばたいていくまでの意味が。サナギから蝶となって羽ばたいていくまでにあるすべてのものが。少しでもわかるようになるんじゃないだろうか?(にこっ)

written by Shingoris Kamioka