夜風のスターバックス(不定期読みきり小説)
そのスターバックスにはテラスというものがない。一応メインストリートに面しているのだが店外にある喫煙スペースだけは狭い道に隣接した形でテーブルとイスが並べられている。目の前はコンビニの側面で都会の喧騒のど真ん中という絶好のロケーションだ。それでもなぜか落ち着くのだから不思議だ。
今夜はどうしても話をしたいことがあるといってきかない相手と待ち合わせ。れいの「初めて会う懐かしい顔」なんだけれどもう慣れた。自然の流れ、シンクロってやつはいつも気まぐれでやってくるけれど必ずなんらかの意味を残してくれる。それに気づかせてもらえるだけでも今ではとてもありがたいことなんだ。
『お待たせ。気分はどう?』
この場所に関する思い出に浸ろうと思った瞬間に背後から声がした。まるで思い出に浸るより楽しいことを見つけた子供のような軽やかな口調だった。振り返ると5分くらいでコーヒーは冷めないでしょと言いたげな視線を送りつつ、目の前にあるチェアーを心待ちにしていたかのようにストンと腰掛けると話を続けた。
『今日はあなたの本音を聞かせてもらいにきたの。でもその前にいくつか聞かせてもらいたいことがあるんだけれどいいかな?』
柔らかい物腰のある言いようだったけれど確かな強い意思を感じた。唐突でストレートな内容を話す前にはソフトな物腰と強い意思が効果を発揮するようだ。けれど不思議と獲物を追い詰めるような雰囲気は皆無だった。
「お手柔らかにお願いするよ。けれど話したくないことがあるかもしれないけれど、それでもいいかな?」
『問題ないわ。すべてはあなたの自由なのだから。』
それだけ言うとなんだか嬉しそうにカフェミストをすすりながら、なんだか大切なことを思い出すかのように優しく語り掛けてきたんだ。
それからいろんなことを話したんだ。失ったものや新たに得たもの。あの時には気づかなかったことや今だからこそ気づけたこと。こだわり続けた執着では手にできなかった世界から現実に手に入れた安定と夢の両方を叶える世界のことまで。小さなことから大きなことまで。
そのどれもがたったひとつのことに繋がっていた。それはいつも忘れないことだった。忘れてはいけないことだった。
ひとがする親切や優しさはどれもが素直な気持ちで指し示してくれるものだと思う。なぜならひとは本音じゃないと動けないのだから。ならば本音をちゃんと受け取りあえるように精神レベルを上げていけばいい。
生活環境も考え方も精神レベルを上げれば激変できる。前のレベルで悩んでいたことがバカらしくなるくらい簡単だったことにずうっと後になってようやく気づく。なぜなら自分が本気で望んでいることなのだから、そのどれもが現実になっていくのだから。
理由のない虚勢なんて意味がないし卑屈になる必要だってない。虚勢も卑屈も自分の心が勝手に作り出している素直ではない気持ちなのだから。
素直で元気な明るい笑顔で本音が伝えられるようになれたらいいね。後悔していることがあるのなら一歩勇気を出してみれば「いま」が変わっていくよ。好きな相手に「好き」といえるようになると思う。
思っていることはいろいろあるんだろうけれど、大切なことをそのままの形で伝えるだけで大きく世界が変わるのならやってみる価値があると思うよ。きっとそういうことも精神レベルを上げることのひとつだと思うんだ。
過去に失敗したことがあるのは誰もが同じ。失敗は修正していけばいいことなんだから。「おためし」から学んだ世界は誤解を修正してこそ新たな強度が生まれるんだと思うよ。
変えられないことなんて本当はひとつもない。本気で思った瞬間から本音は意識を取り戻す「生き物」なのだから。
ずいぶん時間をかけて話したと思っていたのにまだ1時間しか時計は針を進めていなかった。ひとの思考と実際の時間軸との間には大きな開きがあるものだ。そんなことを考えながらまだ見ぬ未来を見つめていると、残ったカフェミストを飲み干した「初めて会う懐かしい顔」が最後の問いかけを示してきた。
『まだ愛しているの?』
僕はにっこりと微笑むことを答えにしようと思った。なぜならその言葉は特別なものだからちゃんと聞かせたい相手にしか使いたくないんだ。これも自分の意思なのね。本音でいえる言葉だからこそきちんと大切にしておかないとね。
その瞬間に「初めて会う懐かしい顔」がしばしのお別れを告げた。出会いも唐突だったけれど、別れも唐突らしい。それが自分の運命であることを最後にそっと教えてくれた。
『もうあなたは大丈夫よ。私はあなたに本音を聞かせてもらいたかっただけなの。そのために登場した人物といっても過言ではないわ。本音がいえない恋愛では精神レベルを上げられない、その通りなのよ。』
『ならば、今度はあなたも本音をちゃんと受け取ってあげてね。それだけの精神レベルを維持するのを忘れないで。いつも大切なことを忘れないようにするのよ。本当に大切なものって一瞬で失くすこともできるし、一生大切にすることもできるのだから。約束よ。本当に忘れないでね。』
それだけ告げると大通りに向かって去っていった。残された余韻は奇跡が起こりそうな予感を夜風に乗せて伝えてきた。きっと伝わる。夜風のようなメッセージがいつか届くだろう。
素直に。正直に。一歩ずつ。少しずつ。
(おしまい)

written by Shingoris Kamioka