こころのフォノスコープ(不定期読みきり小説)
傘を忘れたことに気づいてスターバックスの店内に戻ろうとしていた。その瞬間に、どこからか自分の名前を呼ぶような気がして最初は気のせいだと思っていたんだ。確かに自分と同じような名前はありふれているし「気のせいか・・」と思うのも当然だろ?
座り心地がよかったソファの横に立てかけられた傘を見つけた。傘を手に取り外へ出ようと綺麗に磨かれた自動ドアを通り過ぎた瞬間にまた同じ声がしたんだ。今度は確かに標的を僕に絞っているようだ。
なんだかメンドクセーと、つい思ってしまう悪い癖に思わず苦笑しながら。またシンクロかよ!とノリツッコミのような心境で振り向くと、初めて会う懐かしい顔がテラスの片隅に見えた。どうやらその人の横にあるチェアーに座るよう催促しているらしい。
0.5秒迷ったあげく傘とバッグを右手に持ちかえて声の主に近づいてみたら、やっぱり「初めて会う懐かしい顔」がそこにいた。なんだか嬉しそうにしながらコーヒーを一口すするといきなりこのように話を切り出したんだ。
「いろいろたいへんだったわね。」
コーヒーも手にしていないオレにコイツは一体何を言ってるんだろう。それにオレの何を知って言ってるんだろう・・なんて思いながらいつもの軽口がとっさに口から出てきた。
『ひさしぶり。で、誰だっけ?』
その人はニヤリと笑っただけで話を続けようとした。その前にタバコを取り出そうとバッグに手をかけるのを見ると話を続けるのをやめたらしく、火をつけるまでオレの動きを黙って見つめていた。火をつけ最初の煙が口から出ていくことを確認すると、さらに嬉しそうな顔をして気になる言葉を投げつけてきた。
「もうお酒を飲まなくなってどのくらい経つの?」
『3ヶ月くらいじゃないかな。』
「時間が経つのって早いと思う?遅いと思う?」
『どうかな。今の僕に合わせて時間の方が動いてくれているような気がしているんだ。これじゃー答えになってないかな?』
いきなり声を殺しながら笑いだしたのだから少しだけムッとしていると、嬉しさを押さえきれないといった表情で優しい視線を投げかけてきたんだ。
「大丈夫。きっと正解よ。わたしは迎合して我慢を爆発させるほど複雑じゃーないから、今夜あと少しだけ付き合ってくれない?」
迷う余地なしと書かれたプラカードを突きつけられたような感じがした。その前にカプチーノを注文しにいきたいことを告げると、さっさとその人は店内に消えていった。自動扉が開き、手にしたカプチーノが運ばれてくると音をたてずに僕の前に置いてこういった。
「あの時のあなたは精神レベルが下がっていたんだから仕方がないじゃない。でも、すぐに気づいてシンクロ現象をいくつも起こせたじゃない。きっとそれがあの時の、そして今のあなたの答えになっているんじゃないかしら?」
おごってもらったカプチーノは少し甘かった。見上げると夜空にあの時とはまったく違う輝き方で月光が微笑んでいた。
『本当はいろんなことに気づいていたけれど、それもそれでいいかなって思ってたんだ。それで自然の流れにまかせてみたら驚くほど自分の周りが変わっていったんだ。正直な話、自分でも驚きを隠せなかったよ。』
それだけ言うと、彼女はさらに嬉しそうにしながら優しい瞳を向けてきた。さっきと同じように月光を見上るとおもむろにこう言った。
「つまり、それがあの時のあなたの本音だったわけね。でも、いまのあなたは過去から学んだいまという時間の本音で生きている。」
ふたりで見上げた月光の照度が一瞬上がったような気がして彼女に視線を戻したら、同じことを考えていたらしく慌てて視線を送ってきた。
両手でカプチーノのカップを包みながら温度を探した。温かい感覚が両手に伝わってくるまでの時間、なぜか安心して月光と彼女の視線を浴びていた。
気づくと温度に新たな体温が加わっていたんだ。
(おしまい)

written by Shingoris Kamioka