AFFAIR(不定期読みきり小説)
腕時計を見るとあと30分しかなかった。ランチタイムの喧騒を避けるコツはわずか1時間にかかっている。わずか1時間ずらした時間の中で見つけた残りの30分が勝負なんだ。なぜなら自分を取り戻すとっておきの時間なのだから。
カフェでアイスコーヒーを頼むとそのまま喫煙席に向かう。運が悪ければヘヴィースモーカーの横になってしまうし、運がよければ片隅で存在感を消すことができる。そうやってわずかな時間を過ごす贅沢タイムが日々の日課になろうとしている。
今日は運がよく一番奥の席に座ることができた。いつも通りバッグからノートをテーブルの上に広げて本を2冊用意して「自分だけの時間」が始まろうとしている。今日はどんなことをノートに書き込むのだろうか・・・。
あれから1年が経って今日は引っ越すために部屋の整理をしている。あの時通っていたカフェを思い出しながら懐かしいノートを見つけた。誇りまみれのノートは紙の部分が黄色く変色していて時間の経過を視覚的に教えてくれる。1枚ずつ紙をめくるたびにあの日の心境がフラッシュバックしていった。
(ノートに記載してあったこと)
仕事をして疲れて帰ってきているのにさらに他の仕事をさせられるんじゃーたまらなかっただろう。仕事も大切だけれど休むこと、余暇を楽しむことはもっと大切なことだった。その必要性さえ忘れていたんだな。
不安を仕事で埋める。人生の楽しみがまるでない人生。あのままでよかったはずがない。将来のことを考えていたのにいつの間にか今という時間を忘れてしまっていたんだな。時計は今という時間しか示さないことを知っていたはずなのに。
この先に書いてあることを読むことはできなかった。どうやらボールペンのインクが何かで滲んでしまっていたからだ。読んでいる途中で気になったのはそのページだけが右端の片隅が折ってあったことだった。
あの時に僕は何を考えていたのだろう。今は思い出せないけれどきっと大切なことだったに違いない。ある人物の顔を思い出そうとした瞬間におもむろに携帯が鳴った。
本当にタイミングよくかけてくるものだ。きっとまた人の心を見透かしたようないつものフレーズを投げかけてくるんだろうな・・・。受信ボタンをピッと押した瞬間にささやくような声が鼓膜に伝わってきた。
「今のあなたは思い出に酔っていられるほど暇じゃーないでしょ。今日は大切な引っ越しの日なのよ。私たちの新しい門出なんだから優しい思い出は後にとっておいてもいいんじゃないかしら?引っ越しが終わったらきちんと最後まで話を聞いてあげるから。さっさとやっちゃってくださいね。」
それだけ言って電話が切れると思っていたら0.5秒だけ間をあけて彼女は一言つけ加えた。
「それじゃーまた後でね。」
何気ない会話なのかもしれないけれど、それだけで充分だった。心に満たされる小さな幸せの先に大きな幸せが待っていることをあらためて実感することができたんだ。
(おしまい)

written by Shingoris Kamioka